マーラー交響曲第二番    『復活』

jazzydays2007-12-02

前回の日記冒頭で
ちょこっとふれた
男友達はナガイ
という名だった。
念のために記すが、
色恋沙汰は皆無である。
彼とは三鷹
「精神世界」臭が
プンプン漂う
イベント・スペースで
知り合った。


ラブでピースでフラワーな
中央線文化圏民ばかりが
集まる場所で、
我々2人だけは
明らかに異質だった。
ハッキリ言って
浮いていた。


ある日、いつものように
「精神世界」なイベント終了後。
ナガイが持参していたCDの中から
マーラーの『復活』最終章をかけた。
確かバーンスタイン指揮だったと思う。
クラシックだろうが、
ロックだろうが、
ジャズだろうが、
イイ音楽を聴けば
自然と頭が揺れてしまう私。


その日も例のごとく
ゆるやかにヘッドバンギングしながら
一人、音楽に耳を済ませていたら。
気づくとナガイが目の前に立っていた。
「オマエ、いい女だな!
 マーラーを理解するんだな!」
いきなりオマエ呼ばわり。
そして。
「これ、やるよ。」
と、手にしていた
マーカス・ミラーのCDを
押しつけるよう渡すと、
スタスタと行ってしまった。
変なヤツ!
(ナガイはきっと、
 「オマエに言われたくねーよ」
 と言うだろうがな。)


後に知ったことだが。
彼はある高名な評論家(故人)の
落としダネで、
母の手1本で育てられた。
その母もすでに亡くなり、
彼女の葬儀の折は
火葬場へ向かうバンの中で
一人、この『復活』を聴いていたそうだ。


ナガイの中には、
狂人と天才が同居していた。
外見はケンタロウを
もっとデカくしたような
プロレスラー体形なのだが、
神経は異常に繊細だった。
29歳の時、
45歳の女性と結婚した。
常にどこかしら
「タガ」がはずれていた。


住んでいたビルの屋上で
日本刀のレプリカを
振り回しているのを目撃され、
警察に通報されたり。
あるバーで泥酔し、
スタッフと口論になった折。
怒りにまかせて
店じゅうのワイングラスを
1個1個、
床に叩きつけて破壊したり。
朝の6時(=大迷惑!)に
私に電話をかけてきて、
前日に起きたことを
長々と報告したり。


その一方で。
独学で身につけた
ピアノの技は
息を飲むほど、
目がさめるほど、
美しく力強かった。
クラシックもジャズも
自称オリジナルも。


ナガイの16歳年長の妻は
勤務先の同僚だったそうだが、
社員旅行の際に
彼がホテルの宴会場にあった
ピアノを弾く姿に
一目惚れしたのだ、と聞いて
素直にうなずいたものだ。


慢性的な大酒浸りの
生活がたたってか、
その後、ナガイは肝臓を病み、
何度も入退院を繰り返すようになる。
「今、オレどこにいると思う?
 また病院だよ。わっはっは。」
と、しょっちゅう電話をかけてきた。


ナガイの電話は長い。
グチっぽい。
テメエの近況報告ばかり。
こっちの話に聞く耳を持たん。
会話にならん。
ある時、頭に来た私は
相手が病人だということも忘れて
怒鳴り散らした。


「あんたの話は
 自分のことばっかりじゃん!
 毎度グチグチ・クドクドと。
 アタシゃねぇ、
 あんたのゴミ箱じゃないんだよ!」
「何だって?
 オレはショックを受けた。」
「だって事実だもんよ。」
「オレはオマエをゴミ箱だなんて
 絶対に思ってま・せ・ん!
 オレはオマエを愛してんだぞ!
 .....妙な意味じゃなく。」

 
まあな。
そんなこんなが
ありながら。
我々の奇妙な同志関係は続行していた。
もう5年ほど前になるだろうか。
1月のある日。
私は電話先のナガイに
たずねてみた。
「7月にコバケン(=小林研一郎)が
 『復活』を振るんだけど、
 一緒に行くかい?
 もうすぐチケット発売日なんだよ。
 よけりゃあ、プレゼントするぜ。」
「7月か。よしっ。
 見てろ。絶対それまでに復活してやる!」
「おっしゃあ! それじゃあ
 チケットを自宅に送っとくな。」


やがて半年が過ぎ。
演奏会当日がやって来た。
場所はサントリーホール
先に到着した私は
開演直前まで空いたままの
隣席を気にかけていた。
ナガイのヤツ、
体調が急変したのか?
それとも道に迷ってんのか?


当時はまだ携帯なんか持っていなかった。
刻々と開演時間が迫る。
クラシックのコンサートは
いったん第一楽章が始まってしまうと、
次の楽章の前まで
席に着くことができない。
ナガイ、どうしたんだよ。
早く来いよ〜!


気をもみつつ、
通路を振り返っていた私の隣に
スルリと座り込んだ人影があった。
ナガイだった。
プロレスラーまがいの
体躯はかなり痩せ、
顔色は紫っぽかったが、
笑顔は変わらなかった。


その夜の演奏は
超・名演というほどでもなかったが、
何せ作品自体が人類の宝石だから、
それなりに満足はできた。
終演後。
カフェで一緒にサンドイッチを食べた。
ナガイは酒をやめていた。
「オマエは飲めよ」
と言ってくれたが、
私もつき合ってペリエを注文した。


別れ際。
ナガイは私の顔をしげしげと見て
こう言った。
「いい顔してる。
 いい年の重ね方したな!」
当時の私は原因不明の
大人ニキビと血みどろの死闘中。
http://d.hatena.ne.jp/jazzydays/20070412
その夜もアゴにできた
大量のニキビをファンデーションで
塗りつぶしての外出だったので
(赤味は隠せてもデコボコは隠せない)
とても「いい顔」とは言いがたい
コンディションだったのだが。
ナガイの言葉は
素直に心に響いた。
身にしみてうれしかった。
帰りの地下鉄で
思わず涙ぐんだ。


あれからナガイとは会っていない。
電話でも話していない。
どうしているのか
確かめるのが正直コワイ。
ナガイ、
また早朝6時に電話で
私を叩き起こせよ。
今なら。
いっくらでも
グチを聞いてやるぜ。


マーラー:交響曲第2番

マーラー:交響曲第2番


画像は拾いモノ。
これからの季節向きですわね。
題して「心ホカホカの毛糸鮨」。