キ・レ・イ・ゴ・ト

前々っから言ってるけど。
死んでっから
生前の行いを
ホメられたり、
拍手喝采されても、
ぜんっぜん
うれしくありまっせん。
オメエら。
マジで内田裕也
ロケンローだったと
思ってんのけ。
先に亡くなった樹木希林こと
悠木千帆と別居数十年、
離婚しなかった事実だけで
よくもまあ、
あの世でお幸せにとか
キレイゴトを
ホザけるもんだわ。
ゲロ吐きそう。


確かに。
その昔。
野音のイベントで
小競り合いがあった際、
進行役だった内田裕也
「勘弁してくれよ。
こちとら40過ぎてんだ。
だけど、やるんなら
やってやるぜ!
いつでもかかってこい!」
とタンカ切ったのは
実際に目の前で見てて
カッコよかったよ。
しかし。
音楽的にロケンローの
真髄を彼に感じたことはない。
確かに。
Kinkyなオヤジでは
あったろうが。


ガキの頃っから
ガキが大っ嫌いで、
誰かの妻だの母だのに
なってる自分が全く
想像できなんだ不肖キツネ。
正直。
有名無名、
誰が結婚しようと、
めでたいと思ったことは
ただの一度もない。
モノガミーを信じてない。
信じられない。
だから。
「お祝い」の席に
招かないでね。
間違って招かれたら
大人の笑顔で行くけどよ。
まあ。
セックスレスになりたきゃ
結婚すればイイんじゃね?

断末魔バグ

3月14日。
亡父の誕生日。
ホワイトデー?
その1か月前、
誰にも何も贈らなんだので
当然、何も返ってきませぬ。
っつうか。
そんな日、
なかったんだよ昔は。
バレンタインデーは
不肖キツネの幼少時より
確かに存在してたけど。


かわりに、
というワケではないが、
冬至のプレゼントを
贈ってくれた
イギリスのツイ友
(非キリスト教徒)に
ささやかな春分
プレゼントにて返礼。
前触れナシだったせいか、
非常に喜んでもらえた。


3月15日。
The Ides of March.
ジュリアス・シーザー
暗殺された日(紀元前44年)
として知られる。
シェイクスピアの作品中では
予言も予兆もあったのに、
一切無視してシーザーは
むざむざ悲劇へと
突き進むのよね。
不肖キツネ、
この男臭い群衆劇が
大好物である。
往年の香港ノワール
つながる感アリアリ。


他にシェイクスピア
好きなのは、
マクベス
「リチャード三世」
ハムレット
「オセロー」
リア王
「タイタス・アンドロニカス」。
圧倒的に悲劇だのう。


さて。
シーザーは予言も予兆も
無視して暗殺された。
注意していても
暗殺されたのかもしれぬ。
ただ。
何にせよ。
情報はないより
あったほうがマシだろう。


GmailGoogle Drive
不具合に続き、
FacebookInstagramがダウン。
と思ったら。
今度はJCOMと
キョードー東京かい。
知っている人は
知っている。
ただいま水星が
絶賛逆行中。
影響下でこの手の
トラブルは珍しくないけれど、
こたびの大混乱は
さっすがに平成ラストの
断末魔バグかもしんないねえ。
まっだまだ
月末まで続くよ。
油断大敵。

アナログ・キッズ

昔っから。
ディスコやクラブが
好きじゃない。
誰かが勝手に選んでかける
録音された音楽なんぞで
踊らされてたまるか。
わっざわざ出かけて行くなら、
基本。
生演奏でなきゃ
踊らない。
踊れない。
そんじゃあ。
踊らせる側に
なったろうじゃん。


と。
大昔。
湾岸の倉庫街が
発信地だったあの頃。
芝浦GOLDのDJ募集に応募した。
テープ審査は通り、
面接を経て、
仮採用が決まりかけた。
一晩1万円。
当時としちゃあデカイ。
が。
勤めていた職場との
折り合いがつかず、
実現には至らなんだ。


もし。
あの時DJになってたら。
その後の人生、
どう展開したことでしょう。
案外、変わってないんじゃね?
たぶん。
病気も何度かしただろうし、
文章を書くのはガキの頃っから
宿命だったし。
きっと。
表現方法にちょいとした
違いがあるだけさ。


映画「ノーザン・ソウル」は
1974年イギリス北部が舞台。
ワーキング・クラスの
青年がソウル・ミュージックとの
遭遇を経て、
相方の青年ともども
ドタバタ暑苦しくも
せつなくハッチャける
バディ映画である。
と言ってしまえば
それまでだが。


全編を貫く
アナログ音楽への
盛大なる情熱と
リスペクトに打たれる。
今となっちゃあ。
たいていの曲は
ネット検索&デジタル音源で
チョチョイのチョイ、
と入手可能であるが。
これぞと思うレコードに
ぶち当たるまでに、
ものすんごい手間ヒマ
かけてたんだよ昔のガキは。
ワシを含め。


この作品は今回が
日本初公開ではない。
不肖キツネも見るのは2回目。
出向いた映画館は茅ヶ崎
だーれが新宿や
クッソ吉祥寺なんかに
足を運ぶか、
ってんだよ!!!!!
上映期間はわずか1週間につき、
抗ヒスタミン剤コデイン
ドーピングしつつの
無理無理鑑賞。
もっちろん。
名古屋で買った
ネバトラ(Never Trust)の
ノーザン・ソウル仕様、
「握り拳」柄Tシャツ着用じゃ。


茅ヶ崎はひっさしぶりに
降りたが(実は電車で20分)
人も街も適度にユルくって快適。
かつて。
藤沢に勤めてた頃を
思い出したなあ。
ほんの少し離れてるだけなのに、
横浜より確実に
あったかいんだよ気温も人も。


現在地より
西へ西へ、
南へ南へ、
そのまんま名古屋へ。
徳島へ。
宮崎へ鹿児島へ。
不肖キツネの体内を
流れる血液には
方位磁石が仕込まれている。
間違いなく。

慰霊の季節

3月10日、
東京大空襲
3月11日、
東日本大震災
合掌。
我が国にとって
重要な慰霊行事の
相次ぐ3月が彼岸、
8月が盆、
それぞれ追悼の季節に
あたるのは
偶然ではないかもしれぬ。


金曜日は
横須賀方面通院日。
咳喘息にて消耗中につき、
受診後は早々に帰路。
いつもの蕎麦処では
大将がオススメ地酒と共に
待ち構えてるだろうから、
あえてパス。
体調万全な折に
また行くよ。


かわりに。
昼飯は某老舗和食処の
支店を久々に再訪。
服薬の影響なのか、
パスタや蕎麦などの
一品完結メニューは
昨今どうも食いきれん。
チマチマいろんな副菜が並ぶ
松花堂スタイルなら、
イケそうに思えたのだ。


はたして。
めでたく8割ほどをクリア。
昼なら値段も手頃だし、
味と接客はお墨付き。
場所?
店の名前?
不肖キツネのお気に入りは
食べログなんぞに頼らず、
すべて自力発掘なのじゃ。
そう簡単には教えない。


本日はマイ盟友ピアニスト、
吉田桂一が出演予定の
ジャズ・ライブを
泣く泣く断念。
演奏中に咳の発作が
出ちまうとマズイもんな。
(先日、歌舞伎座で大汗かいた)。
南無。

「外向」外交のツケ

外向・内向。
ユング言うところの差異は。
陽気vs陰気、
積極的vs消極的、
という色分けにあらず。
ぶっちゃけ。
テメエの外に価値基準があるのが外向。
世間に受け入れられてるモノが
正しいと考える。
ゆえに売れてるモノ、
流行りモノ、
もちろんブランド大好き。
概して柔軟。
それに対し、
テメエの内に価値基準があるのが内向。
周囲に左右されることなく信念を貫く。
ゆえに流行に関係なく
好き嫌いがハッキリしている。
概して頑固。


どっちがいいとか
悪いとかの話じゃない。
どっちも重要なんだわ。
とりわけ「外交」においては。
振り返れば。
日本の戦後外交政策
「外向」に傾きすぎていた。
柔よく剛を制すパターンも
アメとムチの使い分けも
通じぬ相手ばかりに
四方八方、
囲まれていることに
ようやく日本国民は
気づいたのではないか。


唐突だが。
天王星という惑星は
84年周期で天空を一巡する。
(7年×12星座=84年)。
つい先日、
折しも新月に重なる日に
牡羊座から牡牛座へと移動した。
その象徴するところは、
言うなれば
既成概念の打破。
物心両面における
大規模な地殻変動


ちょうど1サイクル前、
1935~1942年の世界情勢を
思い浮かべてみると興味深い。
ちなみに。
アドルフ・ヒトラー
牡牛座であった。
ともあれ。
我が国の外交は
間違いなく転換期を迎えている。
とだけ言っておこう。

無縁無塩

通常の薬(降圧剤、抗鬱剤)に
咳止め&鼻炎薬、
しもやけの漢方、
はたまた今朝は金縛りで安定剤、
と絶賛カクテル服用中にて
頭ボッケボケ。
足フッラフラ。
相変わらず食欲イマイチだが、
ふと、しばらく遠ざかってた
パンならイケるんじゃね?
と思い立つ。
こーんがり焼いた
トーストにバターなら。
うむ!


バターは有塩に決まっとる。
焼き菓子なんぞ
作らんし食わんし。
無塩の味気なさが許せん
野良ギツネだもんでな。


昔むかーし。
トランス脂肪酸が問題視される
はるかはるか前。
マーガリンの味見が
得意だった不肖キツネ。
バター愛好者にスイッチしてから、
いっろいろ試した。


結果。
バターは森永ねん。
味も香りも、
しっかり。
はっきり。
クッキリ。
繰り返すが、
もっちろん有塩じゃ。
我が人生に無塩などという選択はない。
最近、売ってるトコロ
少ないから買い占めないでね。
(こっそり某PBでも買えるけど)。


んでも。
屋台の じゃがバターに
つけ放題のアレが
実際マーガリンなのは許す。
アレはアレでアリ。
ちなみに塩は。
どんな天然高級塩より
アジシオが最高の
コンビネーションよ。
それが
ジャンクの真髄。
ジャンクの本懐。
これなる古ギツネ同様じゃ。

メディアの功罪

メディアの印象操作や
意図的な切り取り報道については
いろいろ取り沙汰されているけれど、
メディア(media, medium)には
もともと霊媒という意味がある。
つまるところ。
受け手に求められるのは
審神者(さにわ)としての
リテラシーであろう。


口承文学も芸能も、
いにしえは1対1の口伝え。
もとより
伝言ゲームに陥らぬよう、
厳格なシステムが成立していた。


亡き音楽家の演奏を
音源というメディアで
体験できるのも、
いわば霊媒を通した
召喚の儀式なんだね。


咳止め薬のせいか、
ケミカルな眠気と闘う日々。
食欲もわかん。
ナニか口通りのよいモノを、
と。
茶店でミニパフェなんぞ
注文する始末。
むおお。
この酒飲みギツネが
そんなもん頼むたぁ、
この世の終わりぞ。
消耗。
\(◎o◎)/